コギク栽培を営農再開の柱に! 専業農家に転身した3人を突き動かすその思いとは?
福島県浜通りの北部に位置し、1000年以上の歴史を誇る国の重要無形民俗文化財「相馬野馬追」でも知られる福島県南相馬市。「原町区」「小高区」「鹿島区」の3つの地域自治区で構成され、夏は涼しく冬は温暖で穏やかな気候です。東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故により甚大な被害を受けた南相馬市では、これまでほ場整備や営農再開の支援を進めてきました。そして2020年の秋、小高区片草地区の水田には10年ぶりに営農再開を象徴するかのように黄金色に輝く稲穂が実りました。全域避難から帰還し、営農再開へと突き進んできた、地元ファーマーの熱い思いと取り組みを紹介します。
目次
10年ぶりに黄金色に染まった南相馬市小高区片草地区の水田
2020年10月中旬、取材に訪れた南相馬市小高区片草地区では、10年ぶりとなる稲刈りが行われていました。片草のほ場で黄金色に輝く稲を、1台のコンバインが綺麗に刈り取って行きます。刈り取りと同時に脱穀された籾は、市内の乾燥・貯蔵施設である「カントリーエレベーター」に運ばれ出荷されます。
南相馬市小高区片草で10年ぶりとなる稲刈を行う『株式会社大地のめぐみ』
「黄金色に色づいた田んぼはいいね」と話すのは、『株式会社大地のめぐみ』代表取締役の南原正大(みなみはら・まさひろ)さん。同じ片草地区出身の南原裕之(みなみはら・ひろゆき)さん、そして同県白沢村(現本宮市)出身の原好光(はら・よしみつ)さんの3人で2020年2月に同社を立ち上げました。10年の歳月を経て、法人の設立から作付け、そして収穫まで漕ぎ着けた喜びを分かち合うように、会話をしながら手際良く稲刈りを進めて行きます。
収穫の喜びを語る『株式会社大地のめぐみ』代表取締役の南原正大さん
設立1年目となる2020年、『株式会社大地のめぐみ』では主食用米1ha、飼料用米12ha、大豆1.5ha、コギク20a、ブロッコリー30aの作付けを行い、これに加え近々小麦2.5haを播種予定だといいます。
「片草地区のほぼ全てのほ場を耕作できること、そして大型の機械の導入等、営農再開の良い条件が整いました」と代表の南原正大さんは話します。新たに大型のコンバインやトラクターなどを導入し作業の効率化を図ります。手作業がメインのブロッコリーの収穫時期などは、近所の方に手伝っていただくこともありますが、機械化ができる大半の作業は3人でまかなえているといいます。
美しい故郷を取り戻すため兼業から専業農家へ
「原発から20km圏内ですから、もう農業はできないだろうと思っていました」と話すのは、同社取締役部長で稲作担当の南原裕之さん。震災後、片草地区でお米を作ることは二度とないだろうと、農具のほとんどを捨てたといいます。
「避難指示が解除され、片草地区では約150世帯のうち約100世帯が帰還しました。そのうち約60世帯が農家ですが、高齢化などの理由で耕作ができない方が多いのが現状です」。耕作放棄地が荒れていく中、避難指示解除区域の営農再開に向けたプロジェクトが始動し、片草地区でもほ場整備事業が始まることに。
「一度は諦めた農業ですが、ここが好きだから、片草で農業ができるならやりたいと思ったのがきっかけです」と南原さんは勤めていた会社を早期退職し、故郷再生のために専業農家に転身する覚悟を決め、農家として再スタートをしました。
(左)稲作担当の南原裕之さん (中)代表取締役の南原正大さん (右)花き野菜担当の原好光さん
「3人とも兼業農家でしたから、震災がなければ専業農家にはなっていなかったでしょう」と、話す南原正大さん。震災後は家庭菜園程度の畑を耕し、それ以外は誰か地域の農家に任せようと考えていた南原さんの思いを変えたのは片草地区の現状でした。周りを見回せば自分より年上のご年配の方が多く、片草地区の営農再開のことを考えると、自然と自分たちがやらなければならないという義務感が湧いてきたと言います。
また、東日本大震災の20年以上前から同地区ではライスセンターでコンバイン、乾燥機の共同利用を行なってきました。その中で、ほ場区画が小さく作業効率が悪いことや水稲の生育状況に合わせた水管理が難しいことなどのさまざまな課題を感じながら作業をしてきたといいます。「ほ場整備事業は、その課題を解消するチャンスでもあった」と南原さん。こうして、同じ志を持つ仲間3人で『株式会社大地のめぐみ』を設立し、専業農家としての新たな人生を歩み始めました。
「昔はこの辺りは全部田んぼで、きれいだったんですよ」と、雑草が生い茂りほ場整備事業が始まった水田を見ながら懐かしそうに南原正大さんは話します。代かき後の田んぼの水面に、月がくっきりと映る風景、田植え後の薄緑色から徐々に深い緑色に変化し、秋には黄金に色付いていく風景。耕作放棄地を無くすことによって、四季の移ろいを感じることのできる片草の美しい風景を取り戻したい。この思いが3人を専業農家という「新たな人生」へと突き動かす動機になったと話してくれました。
故郷の未来を託すコギクの栽培に着手
水稲と並び、片草地区の営農再開の柱となっているのが「コギク」の栽培です。『株式会社大地のめぐみ』では、南相馬市小高区でいち早く市場出荷向けのコギクの栽培に着手しました。
「風評被害がありましたから、食用ではない作物を作ろうということで、南相馬市のチャレンジ作物としても推奨されていたコギクの栽培を始めました」と話すのは、同社取締役部長で花き野菜担当の原好光さんです。原さんは4年程前からコギク栽培の実績がある福島市へ足を運び、現在も2ヶ月に一度のペースで足を運び栽培技術の習得に尽力しています。
片草地区の気候風土に合うコギクの試験栽培を行っている畑。コギク栽培への思いを話してくれた原好光さん
同じ福島県内でも、福島市と南相馬市では気候に違いがあります。南相馬市は日照時間が長いという特性があり、福島市で実績のある品種でも、片草地区での栽培に適しているとは限らないといいます。
「2019年は21品種の試験栽培をしましたが、この地域に開花時期が合う品種は3品種ほどでした」と原さん。試験栽培のデータをもとに、今年はお盆用、お彼岸用、11月出荷用と10種類以上の品種の試験栽培を行い、北海道から九州まで全国の市場に出荷しました。
『株式会社大地のめぐみ』で試験栽培の結果、導入されたコギク2品種 品種名:精はなば(左)よしの(右)
「現在、コギクの栽培面積は20aですが、5年後には50aまで広げる計画です。試算ではありますが、コギクでは反収100万円が可能ですので将来性が高いと思っています」と原さんはコギク栽培への意欲を語ります。片草地区の土地にあった品種を選定し、年間を通じて安定した収益を確保することで、後継者となる担い手を常時雇用していきたい。そして、その栽培面積を増やしながら将来的には産地化を目指したいと将来展望も話してくれました。
産地化を目指すため、2019年7月に『JAふくしま未来南相馬花卉部会』が設立されています。原さんはその部会長を務めており、コギク栽培推進に向けて精力的に活動しています。
『JAふくしま未来南相馬花卉部会』では、今後3年でコギクの売上1億円を目指します。そのため、新たな担い手育成の取組も進み、2020年6月に行われたJA主催の現地見学会では、28人の参加者が『株式会社大地のめぐみ』のほ場で学んでいきました。このうち6名の方が、コギク栽培への新規参入を目指しているといいます。
「子供のころから見ていた故郷の綺麗な景色を取り戻し、後継者へバトンタッチしたいたい」という熱い思いで新たな人生をスタートしました
「田んぼも畑も、耕作されていない土地がまだまだあるので、今後も作付け面積を拡大していきます」と南原正大さんは話します。水稲やコギクの作付けを増やしながら、中輪のキクなど新たな作物の作付や、ハウスなどの施設園芸の設備導入も計画中とのこと。また、従業員の増員も考えているといいます。
「まだ1年目ですが、法人として稼げる農業を確立するためにも片草に合う品種を選定し、次の世代へバトンタッチしたい」。
「生まれ育った故郷の美しい景色を取り戻したい」、「営農再開を果たした片草の農業を守りたい」という熱い思いが、片草地区の農業の可能性を大きく広げています。
3人の思いに応えるかのように片草地域の田んぼは黄金色に染まり、畑には色とりどりのコギクが咲いていることでしょう。
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〒979-2195
福島県南相馬市小高区本町二丁目78番地
南相馬市農政課振興係(南相馬市小高区役所内)
Tel:0244-44-6807
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